残念な伊勢

母と義父の還暦を祝うために、両家の両親を伊勢志摩旅行に招待した。結果的に両両親には旅行を堪能してもらったみたいだったが、私にとってみればこの旅は、とくに伊勢での体験は残念なことが多く、ひどいもてなしにイライラしどおしであった。

体制を理解していない駐車場守

外宮に駐車して内宮へのバス乗り場へ向かおうとすると、制服を着た駐車場守が

「今後駐車場がたいへん混雑するので、自動車を駐車して内宮へ向かうのは遠慮していただきたい」

と、義父に居丈高に詰め寄ってきて、それに異議を唱えようとする義父との間で一悶着おこりそうになった。

式年遷宮を終えたばかりの今の時期にはとりわけ多くの観光客が伊勢に殺到するために、神宮および伊勢市は混雑を避ける目的で内宮への自家用車の乗り入れを規制している。内宮への交通手段として伊勢市はパーク&バスライドをホームページで案内 (archive.org)しており、それによると外宮駐車場を含む周辺の駐車場に駐車してバスで内宮へ向かうことを推奨している。しかしこの駐車場守はそういう体制を知ってか知らずか、とにかく外宮駐車場の混雑を緩和することを目的に動いているようだ。かといってそれを駐車場利用者の全員に徹底するわけでもなく、声をかけやすい利用者にだけ声かけをしているのである。

そんな浅はかな単独行動で駐車場の混雑が緩和されるわけがなかろうよ。

乗客の無知を叱るバス運転手

多くの人がパーク&ライドを利用するため、内宮へ向かう路線バスはとっても混雑する。乗り場ではこれでもかというほどの数の利用客が車内へ詰め込まれた。手すりや吊り輪に手が届かずに車体の揺れのなすがままになっている乗客も多数いる様子だったので、これほどの詰めこみ策に安全運行上の問題がないかどうか検討の余地があるだろう。

それはさておき。いざバスが内宮へ到着して下車を待っていたときのこと。前方より運転手の怒声が車内に響いた。

「お釣りは出ないからあらかじめ両替しといてくださいってお願いしたでしょうが!」
「いまからお釣りの小銭をつくるからアナタはここで立っといて!」

これにはまだ車内に残っていた乗客全員が凍りついた。運転手の声は今の怒声も含めてすべて車内のスピーカーに増幅されているが、乗車以降そんなアナウンスはなかったぞ。自分の意のままに行動しない乗客を大声で叱り飛ばせるなんて三重交通の運転手はいい身分だな。

客にどなりつける、おはらい町の給仕

何よりも立腹したのが昼食時の出来事である。ここの手こね寿司が美味しいのは間違いないのでこれは評価するという意味で店名を明かしておこうか、おはらい町にある「すし久」である。

以前伊勢詣でをしたときにここで昼食を食して風情を覚えたので、両両親にもこの風情を楽しんでもらおうと思い、昼過ぎの同店に案内した。この店では入店時に土間で靴を脱いで下駄箱に置くシステムになっている。周囲にならって靴を下駄箱に持っていこうとする母に向かって給仕係が大声一喝、

「お客さん! 靴はこのビニル袋にいれて席まで持って行ってと言ってるでしょう!」

突然大声をかけられた母はびっくりしてすんませんすんませんと繰り返して言われるがまま従ったが、私は店員のこの横柄さにさすがにイラッと来た。母にどなりつけるとはどういう了見かと詰め寄ろうとしたら店員は店の奥へ消えてしまった。

母はこれまでの人生をずっと半径20キロの生活圏に閉じて過ごしてきた。あまり旅をしない母にとって伊勢志摩地方への訪問は小学校の修学旅行以来50年ぶりのことで、また当時の旅程に神宮参拝が含まれていなかったのでまさに「一生に一度の伊勢詣で」の機会だったのだ。旅行前夜は楽しみのあまり眠れなかったと、60歳の母がまるで遠足前夜の小学生のように心を踊らせていたのだ。

伊勢市にとっては努力しなくても勝手にやってくる数千数万人の観光客のうちの一人かも知れんが、母にとってこの日の体験は唯一無二の思い出となるわけだ。そういう個々の事情など知る由がないとはいえ、客に向かってどなりつけることも厭わないこの中年女性店員の態度は驕慢以外の何物でもなかろう。この店から数十メートル先にある赤福本店の社長が数年前に報道カメラの前で頭を垂れていた様子を同店はどう見ていたのかと問い詰めたい気分である。

終始不機嫌なタクシー運転手

もうあんな殺伐としたバスに親を乗せるわけにはいかない。内宮から外宮へもどる際には2台のタクシーに分乗することにしたんだが、わたしが乗った車の運転手がまたハズレ。外宮までの道中、客が多いことの恨み節を聞かされる羽目になった。

何なんだこの街のホスピタリティは。三交タクシーよ答えてくれ。

それでもよい旅だった

伊勢全体から拒絶されているかのような体験がつづいたものの、それを差し引いてもこの旅行は良いものだった。

神宮で受けた神楽祈祷は他のどの神社のものよりも荘厳で美しかった。

宿泊には志摩市内 (伊勢市ではない) のリゾートホテルにお世話になったが、両親の還暦祝いをしたいという私たちの要望に心から応えてくださった。ディナーや朝食の内容も上々で、両両親ともに終始ご満悦だった。

またタクシーに分乗した際、妻が乗ったほうの車では運転手が楽しい話題を提供してくれて旅の良い口直しになったとのことで、必ずしも伊勢人の全てが観光客を家畜として見ているわけでもないようだということは書き添えておく。

伊勢にとっては迷惑でしかない(と思っているであろう)、式年遷宮とかパワースポットブームなどは早く通りすぎてもらって、彼らが望む過疎で退屈な日々になるとよいですね。