シェエラザード (浅田次郎)

第二次世界大戦中に沈没した「弥勒丸」にまつわる過去と現在のできごとがパラレルに進行する長編物語。テーマは「日本人の尊厳」とでも言おうか。
この物語はモデルとなる史実があるらしく、大戦中に米国潜水艦に沈没させられた「阿波丸」をモチーフにしているそうだ。物語の構成は同著「日輪の遺産」にとても近い。現在の時間軸の宝探しが進行するにつれて大戦中の日本人の尊厳が露わになっていくというパターンである。まあ同じパターンだっただけに感動は薄いものになってしまったが、それよりもこの物語で感じたのは「はがゆさ」だな。運命の渦に飲み込まれるはがゆさ。あらがいようのない不幸へのはがゆさ。そういうもの。


物語中、戦時中にもかかわらず常に丈の高いシェフ帽を冠っていた司厨長・大山に対し、ある巡察の将校がその身なりをなじったときに、大山が怒鳴り返した次のせりふ、

「このシェフハットは伊達じゃない、司厨長の所在がどこか、誰からもすぐに分かるように、グラン・シェフはこういう帽子を冠っているんだ。(略) ただ格好をつけているのは君らじゃないのかね。何だねその軍刀は。その金ぴかの参謀懸章は。その略綬や階級章は。君も男ならば、そういう身なりを恥ずかしいとは思わんのか」 (下巻 p.349)

おそらくここに著者の真意があるんじゃないか。